年下オトコたちの誘惑【完】

「悪りぃな、手が滑っちまった」

割ったのは、碧都。ココに来てから一度もまだ目が合っていなくて。

少し、ホンノ少しだけ、胸がキュッと痛くなった。

「お前、それ絶対わざと割っただろ。分かりやすいな、碧都は」

え、わざと…?グラスだかなんだか分からないけど、わざと割ったの…?

割れたんじゃなくて…?

ジッと碧都を見つめても、まったくコチラを見てくれることはなくて。

「あー、みんなごめんねー‼︎さぁ、飲んで飲んでぇ‼︎」

場の空気をガラリと変えたのは、眞一郎。さすが、って感じ。

そりゃ、急にこんな話になって、しかも突然何かが割れる音が響いたら、誰だって注目するし、黙っちゃうよね。

眞一郎の言葉にサラリーマンのお兄さんたちは、また何事もなかったかのように飲み始めた。

その時、フと視線を感じた。カウンター席からだ。

「……っ」

後ろ姿じゃ、若そうな子だと思ってた。でも、想像とは違って…。

多分40後半か50前半。わたしの母親くらいの年かもしれない。

「杏ちゃん?どうしたの?どこか苦しい?」

わたしの異変に気付いたのは、近くにいた眞一郎。

「う、ううん…。だ、いじょぶ」

きっと目が合っただけ、そう偶然合っただけ。