「ちょっと、楠君……」

「ご、ごめんなさい。私ったら、つい興奮しちゃって……」

「わかるよ。私も部長から聞いた時は、自分の耳を疑ったからね」

「ですよね? ミスター日電が、どうしてうちなんかに来るんですか?」


真っ先に思い浮かんだ疑問はその事だった。なぜ国内最大手の日電から、うちみたいな出版社の一部門に過ぎない広告部なんかに来る事になったのか。どう考えても普通では有り得ない転籍と思われる。


「それは私も知らないんだよ。向こう(日電)で何かがあったんだろうけどね。いくつか噂なら聞いているが……」

「どんな噂ですか?」

「ん……それは聞かない方がいいだろうね。これから上司になる人なんだから、変な先入観は持たない方がいいと思う」

「はあ……」


どんな噂か知りたい気持ちは強かったけど、どうせろくでもない噂に決まっている。課長が言う通り、下手に知らない方がよいのかも……


「あっ。ヘッドハンティングじゃないでしょうか? うちの社を建て直すべく。そう思いませんか?」

「え? まあ、そうかもしれないね……」


課長は噂を聞いているせいか、私の考えにあまり気乗りしないご様子だったけど、私はそう思う事にした。たとえそうじゃなかったとしても、うちの広告部は大きく変わると思う。だって、あの有名な“ミスター日電”が来るんだもん。