「私がここに通ってる事、父も母も知らないのよ。知られたら怒られるだろうなって心配したけど、そんな必要はなかったわ。だって、私がいつどこで、何をしようが、あいつらは全然関心ないんだから。家で話すのは弟の話ばっかり。姉が死んでから、あいつらの関心は弟に集中したわ。やれ日電の仕事っぷりがどうのこうのとか、ああ、そうそう。最近では彼女との結婚話で盛り上がってる。“順番じゃなかったの?”って言いたいわ!」


うわあ、美沙さんって可哀想……

と思ったのだけど……


「私は姉が羨ましくてしょうがなかった。ところが姉は……どうしようもないバカだわ」

「なに?」

「広告マンの仕事がどんなに過酷かなんて、父の若い頃を思い出せば分かりそうなものなのに、“寂しい、寂しい”ってグチってばかり。見てて腹が立ったわ」


ああ、確かにそうだわね。私もそこに違和感があったのよね……


「でも、だんだん面白くなって、私は姉を焚き付けてやったわ。有る事無い事言って。例えば、“龍一郎さんはモテるから、浮気してるんじゃないかしら?”とかね。お酒を勧めたのも私よ」


えっ?


「その内姉はアルコール依存症になって、まみの世話なんか出来るわけもなく、頭を抱えてたわ。ほんと、バカ」

「なんて事を……」

「誤解しないで。私は、あなた達が離婚してくれたらいいなと思っただけなの。まさか手首を切っちゃうなんて、想像もしてなかった」


新藤さんの肩が小刻みに震えだした。それが怒りからか、悲しみからか、後ろにいる私には判断がつかなかった。