ハッとしてそちらを見れば、肩で息をする新藤さんの姿があった。私にとっては、正に救世主の到来だ。


「あら、お帰りなさい、龍一郎さん。今日は早いのね?」


えーっ?

たった今まで私に毒舌を吐いてた美沙さんなのに、澄ました声で新藤さんに話し掛けてる。しかも顔に笑顔を貼り付けて。なんと変わり身の早い事か……


そして美沙さんは新藤さんに近付き、彼の鞄に手を伸ばした。「お疲れさま」とか言いながら。

その仕種が悔しいけどとても自然で、という事は、いつもそうしているのかしら……


ところが、新藤さんはムッとした顔で美沙さんを一瞥し、次に私に視線を移した。


“新藤さん、あのね……”


新藤さんには言いたい事や伝えたい事が色々あるけど、今の状況では言葉に出来ず、私は心の中で念じる事しか出来なかった。

でも、それが新藤さんに伝わったのか、彼は小さくだけど、はっきりと私に向かって頷いた。それはまるで、


“君の言いたい事は分かってるから”


そう言われたような気がした。


ところが、そんな私達のアイコンタクトに、美沙さんが気付かないわけがなかった。