「美沙さん、僕は楠君を駅まで送って行くので、まみをお願いします」


新藤さんは、キッチンにいるらしい美沙さんに向かって大きな声で言った。するとキッチンから、花柄のブラウスにベージュのカーディガンを羽織った美沙さんが現れた。出来れば彼女とは顔を合わせずに失礼したかったのだけど、そうは問屋が卸さなかったみたい。


「あら、こんばんは」

「こんばんは」

「もうお帰りなの?」

「あ、はい」

「お気を付けてね? 龍一郎さん」


美沙さんは私を冷ややかな目で一瞥した後、一転して新藤さんに笑顔を向けた。


「今夜はお鍋にしようと思うの。材料は買って来ましたから」

「そうですか。いつもすみません。レシートをいただければ、金は……」

「そんな水臭い事はおっしゃらないで? 私はすぐに下ごしらえを始めるから、早く戻ってくださいね? 目を離してる隙に、まみが悪戯(いたずら)するといけないから」


なっ……何を言ってるの?
まみちゃんが悪戯なんか、するわけないじゃない!

私はカッとなり、美沙さんに抗議しようかと思ったのだけど、


「わかりました。さあ、行こう?」


新藤さんに背中を押され、それはやめた。


もう、頭に来ちゃう!
美沙さんって、まみちゃんの事をまるで解ってないわ。ちょくちょく会ってるくせに、どういう事なの?


外に出て歩き出しても、しばらくは怒りが治まらなかった。そして、「おぷろは?」と言った時の、まみちゃんの悲しそうな顔を思い出し、胸がキュンとして思わず溜め息が漏れた。すると、


「すまない」


横を歩く新藤さんに、謝られてしまった。