間もなくして、新藤さんから再度電話が来た。あと数分で着くらしい。


「お母さーん、私行くねー。帰りが遅くても心配しないで?」


私は玄関で靴を履きながら、キッチンにいると思う母に大声で言った。ところが、


『ちょっと待って!』


と、遠くから母に言われてしまった。


「えー? もう来ちゃうから……」

『すぐだから待って』

「わかった……」


何だろうと思って待っていると、母は何かの紙袋を持って小走りでやって来た。


「これ、焼きたてのマドレーヌなの。みんなで食べて?」

「マドレーヌ? クッキーじゃなかったんだ……」


クッキーぐらいなら私でも作れそうな気がするけど、マドレーヌってどうやって作るんだろう。情けない話だけど、想像も出来なかった。


「今回は、我ながら上手に焼けたと思うのよね」

「ふーん。ありがとう。あ、そうだ。今度、私に料理教えてくれる?」

「それはいいけど、どういう風の吹き回し?」

「ん……それはちょっと……」

「あ、わかった。そうね。しっかり花嫁修業をしなくちゃね?」

「ち、違うわよ。そんなんじゃないって……」


実はその通りなんだけど。


「ほら、急がないと」

「あ、そうだった。じゃ、行って来ます」

「行ってらっしゃい」


母に満面の笑みで送り出され、私はとても照れくさかった。考えてみたら、こんな風に母に見送られてデートへ行った事って、今まで一度もなかったと思う。厳密には、今日のお出掛けもデートではないのだけど。