「えぇとですね、当店はもう営業終わってまして・・・あの、だからですね」


 ええい。
 普段敬語なんて使ったことないから、ここぞという時にしどろもどろになってしまう。
 だって町の人達みぃんな顔見知りなんだから、堅苦しい敬語使う必要がないのよ。
 でも、この人には使わなきゃ。
 だってこの人――この町で見た事がない。
 こんな言い方好きじゃないけど、この人は他所者だ。
 少なくとも、この下町の住人ではない。
 前髪で目が隠れているせいか、その表情は伺えない。
 だけど、感情のない口元。
 無表情。


「それとですね! 営業時間はいいとしても、あんたが行こうとしてるのは女湯! それと、もしお風呂に入りたいなら料金、先払いだから!」


 ほぉら。
 敬語使わないと、言いたい事がスラスラ言えるのね。


「だから男湯はあっち・・・」


 って言おうとしたんだけど。
 心持ち顎を上げてそいつがこっちを見据えた時に、自信がなくなってしまった。
 はらりと流れた前髪の隙間から見えたその顔が、凄く、すごぉく綺麗だったから。


「男湯・・・で、いいんですよね?」


 まさか女性?
 見れば見るほど、どっちなのか分からん。
 うーむ、どっちだ?


「・・・たいんだよ」


 少し俯くと、そいつは言った。
 あまりにか細い声で、よく聞こえなかった。
 だけど、声は男性っぽい。
 ここに来てもまだ確信が持てないくらい、ホント、中性的な顔立ちね。


「にゃ」


 感心してそいつに見とれていると、ふと、サスケが短く鳴いた。
 あたしは、はっとする。
 Tシャツの袖は手の平が隠れるくらい長かったから、気付かなかった。
 その一瞬で、あたしの顔が険しくなる。
 そいつは、右手に鈍く光るものを持っていた。
 鋭く尖った切っ先が休憩室の電灯に反射して、キラリと光った。
 こいつ!
 ナイフ持ってる!!
 そして、今度はちゃんと顔を上げて、真っ直ぐにこっちを見つめながら言ったのだ。
 それも、聞こえるように、ハッキリと。









「血が・・・見てェんだよ」