「違ーう。俺の本命は菜々ちゃん。でも、群司の本命は俺。なのにアイツさあ、俺がいなくてもいい仕事してんだよなあ」
へらりと笑って、透琉くんがぼやいた。
「群司だけじゃなくて、永原も、後輩も、みんな。別に俺じゃなくてもいいんだよなあー。面白い芸人、いっぱいいるもんなあ。いやあ、みんな面白いわー。面白い! 俺、もう観る側でいーかも。こっち側で気楽に笑ってさあ、アイツら馬鹿だよなあって、笑いたい」
初めて聞いた。透琉くんが、仕事から退きたいなんて言うのは。
売れなくて過酷な営業ばかりだった頃も、仕事の愚痴は言っても、辞めたいと口にしたことは一度もない。
いつか見てろよ精神で、大口を叩いては自らを奮い立たせていた。
ゼロから昇っていくときは前向きでも、昇った地点から降ろされるときは、どうしてもネガティブになってしまうんだろう。
デビューからずっととーぐんのマネージャーだった永原さんが、事務所命令で担当を外れたこともショックだったようだ。
今まで多少ワガママを言っても許されてきた環境が、作り変えられている。
それは事務所からの制裁でもあるけれど、今後を期待されているからでもあると思うのだけど。
超ネガティブモードに入っている透琉くんには、そう思えないようだ。
「菜々ちゃんは? 俺がこのまま芸能界からフェードアウトして、フツーの人になっても、見捨てない?」
冗談めかして、だけど割と本気のトーンで訊かれて、ドキリとした。
まさか本気だとは思わないけれど。
仮にそうだったらと考えてみる。
「うん。無職は嫌だけど、働いてたら何だっていいよ。透琉くんが、透琉くんなら」
今より気兼ねなく、人目を気にせずデートできるし。
テレビの中の透琉くんに、ヤキモキしなくても済む。
だけど。
「透琉くんはそれでいいの? 全然笑ってないよ」