「そういうわけにはいきませんよ。…こちらは、まさか坊ちゃんの?」


男の人の目が、あたしに向けられる。

別に睨まれたわけでもないのに、あたしの体は硬直した。


「千堂、おかしな想像はするなよ。恭一の妹だ」

「そうでしたか。…はじめまして。坊ちゃんの側役の千堂と申します」


千堂と名乗った人は、大きな体を折り曲げてあたしに頭を下げた。


「あ。…はじめまして、酒井美緒です」


慌てて頭を下げ返す。

男の人は愛想笑い一つ見せず、ハルカさんに「向こうでお待ちしています」と言って、境内の方に戻っていった。

千堂さんの進行方向にいる参拝客は、皆道をあけていた。


「…側役って」

「ただの護衛。俺は関係ないけど、うちヤクザだから」


平然とハルカさんは言い、あたしはやっぱりなと頷く。

もしかして、恭一をよく追いかけていた黒塗りのベンツは、ハルカさんの車なんだろうか。

そう思ったけれど、ハルカさんが不機嫌そうな顔をしているから、訊けなかった。