「わァー! ちょっと待って!」


男は慌てたようについてきた。

簡単に横に並ばれ、ヘラっと笑われる。

あたしはむっとして更に速度を上げた。


「ねぇねぇ、酒井美緒さんでしょ?」

「違いマス」

「またまたァ。ちょっと話し聞いてよぅ。俺は深田恭一っていうんだけど…」

「それはさっき聞いた。なに、ナンパ? あたし忙しいの」


ついてくるなと早歩きしてるのに、男はしつこく話しかけてくる。

コンパスの差で引き離せないんだ。

ヘラヘラしながら見下ろされると、どうもイライラする。


「ナンパじゃないよ~。ね、俺の名前、聞いたことあるでしょ?」

「ないデス。もう何なの? ナンパじゃないならストーカー?」

「違うよ~。…いや、惜しい!」


惜しいって何だ、惜しいって。

間延びした喋り方はふざけているようにしか聞こえない。

あたしが呆れて速度を落とすと、男はすかさず前に回り込んできた。