「その日はすげー眠くて、バスの中で爆睡してたわけ」
「はあ」
「途中で目が覚めたら、顔の前にポケットティッシュが差し出されてね。そのティッシュくれたのが美緒だった」
「ティッシュ?」
「横に立ってた美緒に、よだれ出てますって言われて、慌てて拭いて。お礼を言おうと思ったら…」
あたしが、席を詰めろと言ったらしい。
その時コータ先輩は二人掛け用の席に座っていて、座席に部活の荷物を置いていた。
「混んでたから、キミが座りたいのかと思った。いやにはっきり言うコだなって考えながら、悪いのは俺だから荷物どかしたんだけど」
「すいません…」
「だから悪いのは俺なんだって。空いた場所に座ったのは美緒じゃなくて、美緒の後ろにいたおばーちゃんだったんだよ」
「は?」
「おばーさんどうぞって美緒が場所ズレて。おばーちゃんは、まあどうもなんつって俺の横に座ってきて。あン時はすげー恥ずかしかったね」
コータ先輩は頭をかいて照れ笑いをした。
それでもやっぱりあたしは、その出来事を思い出すことができなかった。