「妹尾さん。

大事な音合わせ、貴重な練習ですから遅れるわけにはいきません」



毅然と、詩月が言い放つ。



大学生にしては幼い、声変わり途中の掠れた少年の声。




詩月は真っ直ぐに、妹尾と呼んだ女性を見つめる。




「そうね」



妹尾は不敵に笑みを浮かべ、ヴァイオリンを弾き始める。


編成が……違う



ふいに、詩月の体が微かによろめく。




「詩月!?」



理久は不安げに、詩月の顔色を確かめる。





「あら!? どうかしたの?顔色、悪いわよ」



ヴァイオリンを弾く手を休め、彼女は「ふふっ」と笑う。




理久が荒々しく一歩、前へ出る。




「理久……大丈夫だから」



そう、大丈夫だ


詩月は自分に言い聞かせる。




再びヴァイオリンを奏で始めた彼女の演奏。




詩月は1音1句、聞き逃すまいと演奏に集中する。





「おい、詩月!?」



無言で立ち尽くしたまま、詩月は動かない。