だが……と安坂は考える。



その先の解釈は、奏者の自由だ。



一般的な、こうあるべきだと言われる解釈が実際、暗黙の了解であるのも事実だ。




所謂、模範演奏――と言われる。



それから離れて演奏するのは、個性的とも、型破りなとも言われる。




こいつの弾き方は、さらにそれを超えている。


「異端」レベルだ。



安坂は詩月の演奏と増えていく人垣を見つめながら思った。




ベートーベンの「ロマンス2番」は、ショパンの「夜想曲(ノクターン)」ほど甘くない。



なのに、曲を聞きつけ集まっているのは圧倒的に女性が多い。




身を焦がすような激しさと切なさを、優しさ溢れる音色で表現する。



どこまでも優しく……優しすぎるほどに優しい音色が、哀しさまでも生み出し、さらには儚さまでも感じさせる。




その巧みさ、技量の深さに圧倒される。




互いの楽器――ヴァイオリンと竪琴を奏で惹かれ合う、大学の2つの像の姿が安坂の頭に浮かび離れない。




詩月の奏でるベートーベン「ロマンス2番」、幽玄の響きが、茜色に染まる景色に溶けていった。