風の詩ーー君に届け

たが、詩月の弾いているヴァイオリンはコレクターや専門家の間で、別格だと言われている。

「シレーナ」はギリシャ神話では、セイレーンのことで、歌声で舟人を惑わし難破させる「ローレライ」と同じ意味だ。

安坂は大学オケの演奏で知り合ったある演奏家から、ある噂が広まっていることを耳にした。

「周桜詩月に様々な引き合いがあるのは、彼が『ガタニーニのシレーナ』を弾いているからだ」と。

業界では広範囲に流れている噂が、学生の耳に入ってこないのは、どこかで情報を制御しているからだと、安坂は思う。

昨秋、詩月が優勝したヴァイオリンコンクールには、安坂も出場していた。

本選で詩月に敗れたが、詩月の演奏に敗れたことに不思議と悔しさは感じていない。

コンクール優勝の副賞、Nフィルハーモニー交響楽団との1年契約は、表向きには好条件だった。

だが、実際。