郁子は、あの時の感覚を思い浮かべる。



そして今、奏でられている「愛の挨拶」が、あの時より何倍にも増して優しく暖かく、全身を包み込んでいくのを感じる。



――緒方




詩月の声が聞こえた気がし、郁子は舞台を見上げる。



いつも表情を変えず、澄まし顔で弾く詩月が、何故か違って見え、郁子は目を擦る。



見上げる詩月はいつもと変わらない澄まし顔で、ヴァイオリンを弾いている。



素人演奏の「Jupiter」を支え、拙さを感じさせずに曲調の全く違う「愛の挨拶」を奏でている。



――緒方



郁子は満天の星空と、金木犀に似た羽衣茉莉花の香りを、更に強く感じ、詩月の声を感じた。



満天の星空からヴァイオリンの奏でる「愛の挨拶」と、金管楽器の奏でる「Jupiter」の音色が降る。