金管楽器の奏でる「Jupiter」に重なる調べに、郁子は思わず呟く。



驚きとヴァイオリンの音色の美しさに、胸が熱くなる。



金木犀に酷似した羽衣茉莉花の香りを感じ、郁子は詩月と奏でた「愛の挨拶」の演奏を思い出す。



昨秋。

喫茶店モルダウで、黒塗りのピアノ「スタンウェイ」の上に座る白い猫を、不思議そうに見つめ、詩月は郁子に訊ねた。



「緒方、『愛の挨拶』は弾けるか?」と――。



「即興?」と訊ねた郁子。



「ん? 苦手だったな。

無理なら、ヴァイオリンで音をとるから合わせろよ」



強引に、詩月は合奏に誘い、郁子と音を重ねた。



即興に、不慣れな郁子の演奏を自然と支え包み込み、郁子が取り零す音の全てを掬い、「愛の挨拶」を弾いた。



甘美な音色と透き通るような美しい音色が、モルダウ全体を金木犀の香りで満たした。