『殺せ』は

千晶以外を想っていたら、絶対に口にできない言葉だから。



「陽…」



俺の言葉に安心したのか、とろけるような笑みに変わった。


「…よかった、陽が消えないで」


す、と俺から離れる千晶。


長い黒髪が揺れて、紙の匂いに混じって少しいい香りがした。


「あのね、陽。

…私は陽が大好き」


幼稚な顔に戻った千晶の頭を撫でる。


「俺も」


口だけの言葉に微笑む千晶は、ひどく安心したようだった。



そこでふと、疑問を感じた。




――俺は、千晶を愛してないのだろうか。




千晶に愛を語るとき、どうしてもうわべだけになってしまう。


なんでだ?


千晶は好き。

千晶は大事。


なら、なんで――



「陽?」


「あ、あぁ…なあに?」


「千晶ね、今日のご飯はお肉がいいなあ」


「いいね、肉食系女子」


「がおー!」


虎の真似をして飛びかかってきて、抱きついてきた。


「うぉっ」


反動でよろけながら、コピー室を出た。