ピンポーン


少しして朋樹さんが私のところへ来た。
朋樹さんはお兄様の執事だけど、今は海外へ出張中で他の者が付き添いで同行している。


「慧里奈様。里奈様と駆様、松山様、来世夫妻様がいらっしゃいました。」


来世夫妻は柑那と涼太のことで、2人は大学卒業と同時に籍を入れたから、私たちよりも結婚歴は長い。


「わかりました。里奈さんと来世夫妻、松山さんは応接間へご案内して、駆くんは歌菜とキッズルームへ。」
「ママといたいなぁ...。」
「歌菜。お夕飯を食べに行くまでは少し遊んでいてくれる?」
「...はい。」


どうやら、納得はしてないみたいだ。
そう考えるとこの子は生まれつき神崎の名を背負っているから、我慢していることはいっぱいあるだろう。
それでも、自分の名前であることを意識させるために教えることはちゃんと教える。


「あと、お客様の前では?」
「かしこまりました、お母様。」
「いい子ね。歌菜は本当にいい子。」
「お母様。駆...さんとご一緒に、キッズルームでお待ちしていればよろしいのでしょうか?」


いつもは呼び捨てで呼んでいるからか、呼びにくそう。
でも、この歳でここまで出来るなら上出来。
これを教えているのは、私ではなく広菜さんだけれど...。


「そう。お待ちいただけますか?」

歌菜がここまで頑張っているんだ。
私もそれに答えないといけない。


「わかりました。では、失礼致します。」


歌菜は少し悲しそうに私に背を向け、キッズルームがある方へ向かっていく。

「歌菜!」

まだ子どもなのに、そう思ったら咄嗟に口にしていた。
すると歌菜は、前へ進む足を止めて振り返って戻ってくる。
顔は俯いたまま。

「お母様。お呼びになられましたか...?」

私はしゃがんで、歌菜の視線に合わせて言う。

「パパに少しだけ会いに行く?」


きっと涙は零れていなくても、心は土砂降り。
私だったらとっくに心折れているかもしれない。

歌菜はやっと顔をあげ、私の顔を見て、

「うん!」
「よし!じゃあ、行こっか!」

2人で手を繋いで晃の元へ向かう。