【創side】

 結局、その日俺は礼奈とのデートを中断して、帰ることにした。

 顔がバンバンに腫れて、男として情けないやら格好悪いやらで、礼奈の部屋で寛ぐ気分にはなれなかったから。

「創ちゃん、本当にごめんね」

 礼奈は申し訳なさそうに、俺に視線を向けた。

「いいよ、礼奈が気にすることじゃない。敏樹の性格はよくわかってるからさ」

 俺は礼奈の頭をクシャッと撫でる。
 礼奈は顔をクシャッと歪め、今にも泣きそうだ。

 自転車に跨がり、腫れた頬を触る。

 敏樹のやつめ。親友なんだから、少しは手加減しろっつーの。

 自転車のハンドルを握り、ペダルに足をかけた。

「あれ?創じゃない?」

 俺の背後で懐かしい声がした。
 振り返ると俺の元カノだった。

 どうしてここにいるんだよ?

 去年の三月まで、付き合っていた吉川《よしかわ》まどか。俺より一歳年上だ。

「創、元気? 久しぶりね。えっ? 創の家って、このへんだっけ?」

 まどかは自転車の隣に立っている礼奈に視線を向けた。

「こんにちは。可愛い! 創の妹さん? っていうか、創に妹いたっけ?」

「いや、その……友達の妹なんだ」

 俺は咄嗟に礼奈のことを、友達の妹だと紹介した。

 まどかの前で『俺の彼女なんだ』って、何故か言えなかった。

 当然、隣に立っていた礼奈の顔付きが変わった。

 礼奈、気を悪くしたかな?
 怒ってますよね?

「ねぇ創、お願いがあるの。私ね、今から新宿に行くの。よかったら駅まで送ってくれない?」

 まどかが縋るような眼差しを俺に向けた。

 駅まで送るって、俺は自転車だよ。