【創side】

 突然、礼奈が俺の手を握った。

 男の欲望に火が点き、顔を近づけたが理性で食い止めた。

「……創ちゃ……ん、私のこと本当は嫌いなんでしょう」

 嫌いなわけないじゃん。
 俺が礼奈のことをどれだけ好きか、わかってんの?

「だったら……ここでキスして……」

 礼奈に『ここでキスして』って言われて、俺は死ぬほどドキドキしたんだよ。映画を観ながら、シアターでキスって刺激的過ぎるから。

 でも俺は可愛い唇を塞ぎたい欲望を、グッと抑えた。

 礼奈の額にゆっくりと近付き、キスを落とした。このキスだって礼奈とは初体験なんだ。

 唇にキスしたいという欲望がムクムクと綿菓子のように脹れあがり、これ以上我慢できないよ。

 俺は理性がぶっ飛ばないうちに、礼奈の額から唇を離す。

 ゆっくり瞼を開けると、礼奈は滝のように涙を溢している。

 映画は泣けるシーンじゃない。
 寧ろ甘いラブシーンだ。

 額にキスして感動してるのか?
 これは嬉し泣き?

 嬉しいのに、どうして泣くんだよ?

 それとも、額にキスしたから怒ってるのか?
 
 礼奈の気持ちが全然わからない。
 泣きたいのは俺の方だよ。

 ここは公共の場。
 頼むから泣き止んで。

 礼奈は突然スクッと立ち上がった。
 その泣き顔は、若干怒っている。

 ヤバい。
 俺のお姫様は、超ご機嫌斜めだ。

「礼奈、もしかして怒ってるの?」

 通路をスタスタ歩いている礼奈を慌てて追いかけて、腕を掴んだ。

「離して……」

 礼奈は俺の手を振り解き、早足でスタスタと歩く。暗闇が苦手な俺は足下がおぼつかない。

 困った。最悪だ。
 俺のキスが、下手だったのかな。

 ――映画館を飛び出した礼奈。
 後を追う俺。

 礼奈の向かう先には最寄り駅。

 俺達は渋谷の雑踏を抜ける。
 俺は礼奈の腕を掴むと、ビルとビルの間に滑り込んだ。

「……離して」

 礼奈は口を尖らせ、プイッとそっぽを向いた。

「あのな、黙って映画館を飛び出すなんて、わけわかんないよ。俺だって色々我慢してんだよ。大体シアターでキスなんてできないだろう」

「……我慢しなければいい」

 はぁ?
 どこまで、挑発的なんだよ。

 この憎らしい唇を今すぐ塞いでお仕置きしたい。