それなのに、映画が上映され、僅か三十分後、礼奈が俺の手をギュッて握った。スクリーンの中では、高校生のヒーローとヒロインが甘いラブシーンを交わしている。

 これは、サインだよな?
 礼奈は真っ直ぐスクリーン見てるけど、これは『私にキスして』の、サインなんだよな。

 掌は汗ばみ、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。

 隣に視線を向けると、スーッと礼奈の可愛い唇に吸い込まれそうになった。

 礼奈の唇は、吸引力の強い掃除機か。

 不意に礼奈が振り向いた。

 ヤバッ……。
 鼓動が新幹線みたいにピューッと加速した。

 唇が触れる寸前、敏樹の顔が脳内にちらついた。

 ……ダメだダメだ。

 『礼奈が大人になるまで手を出さない』って、男と男の約束をしたんだ。

 俺は蛸みたいに尖らせていた唇のまま、スクリーンに視線を戻した。

 落ち着け。

 落ち着くんだ。

 早まるなよ、オレ。

 俺は礼奈が好きだし、男同士の約束も大切にするんだ。

 そう決めたんだ。

 ああ、決めなきゃ良かったかな。

 めっちゃ後悔。

 ここに敏樹はいないのに。
 敏樹の影に怯えているなんて。

 あまりにも、情けない。

 ラブストーリーの映画なんて、観なければよかったよ。

 SFとかホラーとか、ゾンビやエイリアンが登場するようなスリル満点のパニック映画にすればよかった。

 会場のあちこちから「ギャー」って、悲鳴が聞こえるような映画。そしたらモヤモヤした気持ちにならなくてすんだのに。

 これじゃ、部屋にいるより最悪だ。
 スクリーンの中で、高校生の主人公がキスしてるんだから。

 俺はカラカラになった喉を潤すために、オレンジジュースをイッキ飲みし、火照る体を冷ますために氷を口に含みガリガリと音を鳴らして食べた。