雨風ささやく丘で

見られるとまずいと思い、一先ずカバンを急いで元通りに閉める。

雄人が風呂から出るまでの間私はテレビ番組をただただ見ていた。特に見たかった番組はなく、することのなさからそうした。

風呂場から出た雄人はそのまま無言で私の隣に座った。カバンを開けた事がバレていないのかヒヤヒヤした。しかし数分経っても喋ることはなく、私も雄人も静かにテレビを見ているだけだった。
少なくとも疑ってはいないらしい。だから私は何故あんな雑誌を持っているのかを気になっても聞かない。

言葉を交わさなくても居心地がいいのは、付き合った人で今まででは雄人だけだった。無理に会話を作る必要も無ければ、無理に会話を聞くこともない。
一体どうしてこんな人が浮気なんかしたのだろうと、疑問がただ残る。こうして疑っている事が申し訳なくなってしまうほど、雄人は人が良すぎる。

この後、雄人は今の生活がどうなのかなどと色々聞いてきた。話はいつの間にか弾みはじめ、とうとう気付けば深夜だった。

雄人は無理やり私が泊まって行くようにと引き止めた為、床で寝させる訳には行かなかった。恋人でもあったことで自然だったこと、一人で寝るより安心して寝れることから私は雄人を背後にして一緒に寝た。

同じ布団の中で感じる雄人の温もりに、一人でないことはとても心強かった。自分に手を伸ばされるのだろうかと何回か考えてしまった。

寝付けなかったのだろうか、時々雄人は落ち着かない様子で何回も寝返りをした。私はそれが何を意味するかはちゃんと分かっていた。

しばらくと時間が過ぎると雄人はやっと寝てしまった。続いて私も眠りに着いた。



何時間経ったのだろうか。何故かふと目が覚める。
範囲を見渡すとまだ暗いことから相当朝までは遠い。

気付けば雄人はリビングのところで静かにして、息を潜むように携帯を片手に持っていた。

メールの確認なのだろうか。
何故深夜なんかに。

彼女なのだろうか。
となるとこうして私と寝ていることは浮気みたいなことになる。

仕方ない。浮気グセの悪い男は本当に直らないらしい。
私はそう自分のなかで片付けた。

しかし雄人は画面で見た何かに驚いたのか、すぐさま携帯をパチンとしめ、しばらく微動だにもしなかった。

そして我に返ったのか、雄人は再びこっちへ来る。
私は慌てて寝ているふりをして雄人が横に来るまで息を潜めた。
その間緊張のせいで心臓がわずかに早くなる。

雄人はしばらく寝れないらしく、一向に寝息らしい呼吸が聴こえない。
一体携帯で何を見たのとでもいうのか。

何を見たにしろ、安心して欲しいという遊び心に、私は寝ているふりをしながらさり気なく背中を雄人にくっつけた。雄人はもちろんそれに気づいた。

私が安心してしまったのか、雄人の呼吸と温もりを背中で感じながら先に眠ってしまった。




10月26日、午前6時29分。



気付けば雄人はもうベッドにいなかった。
机にあったカバンもない。ということは雄人は帰ってしまった。
大きなあくびをし、背伸びもすると私はいつも通り身支度をし始めた。

アパートを出ようと玄関へ行くと、靴入れの下に白いかみにふと気づいた。
しゃがんで見てみると塩一杯にされたガラス瓶があった。魔除け用の物なのだろうか。そしてその下には紙もある。

「絶対ここから動かすなよ夏希。雄人より。」

と、書かれていた。

「雄人ったら…」

今日は何故か良いことが起こる気がする。
私はそう感じながら出勤した。



午後3時21分。


いつも通り机でパソコン作業をしていると、聞き覚えのあるテンポの足音が近づいて来ることに気づいた。
「おい、磯崎」
相変わらずぶっそうな石園が私を呼んだ。
「はい」
「部長が呼んでるからいそげ」



私の願いは天に届いたのだろうか。
実家から少し離れた田舎町にある子会社に転勤が決まった。理想の引っ越しだ。
自分で色々考える必要もなかれば、仕事もあるまま引っ越し。

それを知った結子は酷く落ち込んだのと同時に喜んでもくれた。私だって結子と離れたくはなかった。
石園ともお別れ、あのいわく付きアパートからも出られる。
田舎町だけあってきっと仕事はここほどキツくないはず。

私は願いが満たされたばかりにも関わらず、そうなるよう心から願った。