雨風ささやく丘で

午後7時43分。


仕事から帰り、晩御飯を済ませた後私はしばらくノートパソコンで買い物の調べ事をしていた。
電源を入れてもあの黒い四角はもう現れなかったことにホッとした。やはり私が神経質になり過ぎたのだった。

一人暮らしからついた癖。時々独り言を言いながらも調べ事を終わらせると、私はシャワーを浴びに風呂場へ行った。

風呂に体を浸かると同時に、疲れがどこかへ飛んでしまったように感じた。くつろぎにしばらく天井を見つめた。そして私は今日突然会えた雄人のことを思い出した。

相変わらず健全そうだった。そして相変わらず…....私はふとスーツが似合う雄人を思い出すと頭を左右に振った。

それよりこの間アパートで見た影の事を話した時、雄人の態度が不自然だったこともついでに思い出す。一体何があったのだろうかと気になる。いくら考えても仕方ないことだろうが。

考え事をしつつ、少し眠くなってきた。
このまま寝てしまうのもいいかもしれない。私はそうまぶたを少しづつ閉じていく。
それと同時にお風呂の気持ちよさに意識も遠くなっていく。


静かな風呂場でくつろいでいた時だった。

意識が完全に落ちかけようとした瞬間、女性の叫ぶ声が聞こえた。

キャー!!

私は冷水を掛けられたように起きる。
はっきり聞こえた為、私は隣人からのものなのかととっさに思った。何でも聞こえてしまうのがアパートの特徴なのだから。

耳を壁に密着させると何か聞こえないか集中をした。しかし数分待ってもこれと言って隣人がもめてるような話は一切聴こえない。

「殺され…た?」

そう呟いて怖くなったが私はまさかと再び頭を振った。
隣で殺人でもあったのでないのなら、今の女性の声はなんだったのかと怖くなった。
私はバスタオルで体を覆うと逃げる様に風呂場から出た。


テレビをすぐに点け、なんとか静けさを誤魔化そうとした。
こんな時に一人でいるのはとても心細い。そのため今にも心が解れそうだった。

ぶぅーーーーーーーーん

ぶぅーーーーーーーーん

携帯のメール受信バイブが鳴った。
私は思わず小声で叫び、その場で飛び跳ねてしまった。

「もぉ、このアパートから出たい!」
私は驚いた挙句に心の底からそう願って言った。

恐る恐るテーブルの上にあった携帯を拾い、画面を確認すると結子からのメールだった。
内容は明日の朝、9時にはこの近くにあるコンビニでの待ち合わせというもの。
私はただ了解!と絵文字と一緒に返した。

さっきのはきっとテレビで流れていた映画の音声だ。テレビの音。これ以上考えるなと私は必死で自分に言い聞かせた。

この年で大人気ないが、私は雄人にもらっていた大きな犬の縫いぐるみを抱きしめながら、壁越しにピッタリ背中をくっつけてテレビを見ていた。自分の背後には誰もいないという確信が欲しいがあまりに。

運良くその時はお笑い番組が放送され、ストレスが溜まっていた分だけ笑わせてもらった。せめてその合間に、声の事を思い出すことはなかった。

しかし時間とともにまぶたは重くなっていく。体もベッドで寝ることを欲している。
私はいい加減にしてベッドへ行くと、布団の中に犬の縫いぐるみと共に隠れた。電気はもちろん消さない。テレビも消さない。

そして気付けば眠っていた。