次の日、ちょっとした事件が起きた。


私が、中学生の頃からちょっと苦手だった桐島さんと、職員室の前で会ってしまったんだ。

中学の時のことは忘れたみたいに、笑顔で近付いてきた彼女。

私は、無視することなんてできずに、彼女に笑顔を返した。



「何してるの?晴子。」


「え、ちょっと、倉木先生に用事があって。」


「ねえ晴子、川上先生のこと、好きってほんと?」



それが訊きたかったんだね。

桐島さんはいつも、卑怯だ。



「何でそんなこと訊くの?」


「え、気になるから。ねえ、どっちなの?言わないと、先生に晴子が嫌いって言ってたって言っちゃうよ。」



面倒なことになった。

そんなこと言われたら、困る。

ただでさえ、消えてしまいそうな先生とのつながりが、その一言で途切れるのは簡単なことだ―――



「好きだよ。」


「え、やっぱりほんとだったんだ!噂。」



すごく嫌な感じがする。

もうこの子から離れたい。

そう思った時だった。


川上先生が、タイミング悪く職員室から出てきて。

その川上先生を、桐島さんが呼び止めた。



「川上先生!」


「……なんだ。」



いつもより低い声の川上先生が振り返る。

すっごく嫌な予感がする。



「先生!晴子が先生のこと、大好きって言ってました!!」



職員室前にいた人みんなに、聞こえるような声で言う。

私は、泣きそうになった。


堂々と先生のことが好きだから。

恥ずかしいなんてことはないけど。


だけど、私が春からずっとこの胸に秘めてきた大切な思いを、この子に伝えられたのが嫌だった。

そして、とっさに否定しようとした私が、嫌だった―――



川上先生は、振り返ったまま立ち止まって。

笑顔だったけど。

しばらくしてそのまま行ってしまった。


きっと、悪ふざけだと思ったんだろう。



先生が好きなこの気持ちは、ガラスのように繊細で。

割れやすくて。

それでいて、とってもとっても真面目なものだったのに。



私は、桐島さんに背を向けて走った。

もしも明日から、先生の態度が変わってしまうことがあったとしたら。

悲しすぎるって思って。