一年の時は、楽しみで仕方がなかった夏休み。

でも、今はちっとも楽しみじゃない。


だって、先生に会えなくなるから。



それで、私は夏休み、毎日のように高校の自習室に通った。

家から、1時間半もかかるのに。

絶対効率悪いのに。


でも、自習していても先生に会えるわけではなく。

質問も特になくて。



その日も、自習室で一人さびしく勉強をしていた。

先生来ないかなー、なんて、ありえない妄想をしながら。



すると、ドアが開いて、足音が近付いてきたんだ。

目の端に、白いものが映ったから、私はまさかと思いながらも振り返った。

そしたら、そしたら―――



「あれっ?横内じゃん。」


「川上先生!」



本当に、魔法みたいだった。

夢じゃないかって、思わず目をこすったくらい。

そこには、いつもの白衣を着た川上先生が、驚いた表情で私を見つめていたから。


先生は、一歩ずつ私に近づいてきた。

そして、ぴたっと近くまで来ると、少しかがんで私の耳に顔を近づける。



「頑張るな、二年生なのに。」



小さく抑えられた声。

その耳元で囁かれる言葉が、変な意味なんてないのに、私の胸を熱くする。

心拍数が、どんどん上がっていくのが分かる。

もう、先生の顔なんて見られない―――



「何勉強してんの?」



そう言って、先生が私の開いている教科書を裏返す。



「化学、です。」


「何だ、化学か。」



生物だったらよかったのに。

そんなことを思う。


先生は最後に、もう一度耳元で、



「数学やれ、数学。」



と一言囁くと、いつもの意地悪な顔でふっと笑って自習室を出て行った。


ふうっと幸せなため息をつく。

何だったんだろう、今の。


先生は、いきなり入ってきて、私にだけ声を掛けてそのまま去って行った。


多分、川上先生は3年生の文系クラスの生物を受け持っているから。

自習室の近くの教室で、授業をしていたんだ。

だから、暇つぶしみたいな感じで、自習室の見回りに来たんだと思うけど―――


嬉しかった。

二年生なのに、頑張るな、なんて言ってくれて。

それに、私が数学を苦手なこと、ちゃんと覚えててくれて。


ほんとは、先生に会いたくて毎日自習室に来てるなんて、言えるはずもないけど。

でも、願いが叶ったことがすごくすごく嬉しくてたまらなかったんだ。