*華月譚*雪ノ章 若宮と白狐の恋物語

扇を広げて顔を隠していた明子が、そっと朝日宮の手を握ってきた。




波風を立てるようなことを言うな、という合図だろう。





朝日宮は呑み込んだ思いのやり場の無さに顔を歪めながら、一歩退いて奥津宮と章子に先を譲った。





去り際に、章子が明子に声をかける。






「…………綾景殿の女御さま、本当は心の奥底で喜んでおられるのでは?


沙霧宮さまがいなくなられて、あなたの朝日宮さまが春宮になられることもあるかも知れませんものね」





「……………」






明子は何も答えず、ただ目を伏せて一礼しただけだった。







麗明殿に近づくと、人足が増えてきた。




後ろにかしづく女房たちも、扇や袖で顔を覆う。





宴の準備は整っているらしく、すでに飲食を始めた人々のざわめきが風に乗って聞こえてきた。





中庭の周りには御簾が張り巡らされており、女たちはその中に身を潜めている。




一番の末席のあたりを通りかかったとき、先を行く章子が足を止めた。




栗壺に住まう菊音と、軽部宮、軽戸宮に与えられた席である。