*華月譚*雪ノ章 若宮と白狐の恋物語

しかし、はっと我に返った疾風は居住まいを正した。





目の前の沙霧をじっと見つめて、訊ねる。






「沙霧さま、一体どういうことです?


い、家出とは………?」






沙霧はにっこりと笑った。






「家出は家出だよ。



あんな所は、人の住むところではない。


あまりにも居心地が悪くて、わたしはもう嫌になった。



だから出てきたのだ」







「…………な、なぜそんな突然に………。



康子(やすこ)の君は………貴方の母君は、貴方が側におられなくなったら、どうなることか………」







その言葉を聞いて、沙霧はふっと目を伏せた。





「………母上は、お亡くなりになったよ」






「……………え?」







疾風は驚いたように目を瞠った。





沙霧は寂しそうに目許を少し微笑ませ、落ち着いた声で囁くように言う。





「母上は、亡くなってしまった。


………もう、五年も前のことだ」






「……………」







疾風は言葉もなく、頷くことさえできなかった。






(…………たしかに、病に臥せりがちな、か弱い御方ではあったが。



そんなにお若くしてお亡くなりになるとは………)






沙霧の心のうちを思うと、疾風は容易な慰めの言葉を紡ぎ出すことさえ憚られた。