兼正の寝所を出た男は、透渡廊を通り抜ける最中、ふいに足を止めた。




鋭い目つきで周囲を見渡し、人影がないのを確認すると、柱に寄りかかって独り言のように呟く。





「―――黒、そこにおるか」





聞き取れないほど微かな声だったが、廊の間近にある茂みから、「は」と答える声が上がった。




男はにやりと笑い、指示を始める。






「殿へのご報告が済んだ。

すぐに行動に移さねばならぬ。

至急、人員を集めよ」





「は」





「弓術に達者な者で固めるのだ。

それに、白縫山は雪が深い。

雪沓や蓑笠の用意を怠るな」





「は、承知」






茂みがかさりと音を立て、黒と呼ばれた者は気配もなく去って行った。