【短】あなたは知らないだろうけど

部屋の姿見に白髪の男が映っていた。

男は悲しそうな目で、僕をじっと見つめている。



ぞくっとした。

背中に寒気を感じる。



まさか…ね。




誰なんだ?

そんな目で見るなよ。

おまえは僕を責めているのか?





――思い出した。



どうしてあなたに愛を打ち明けられなかったかを…。





僕はあなたと同じフロアで働いている。

といっても、フロアの端と端だから、あなたは気づいていないだろうけど。






あなたへの想いを、世間に知られたらなんて言われるか…。



そうさ、



だから打ち明けないって決めていたんだ。


誰にも知られることなく、自分の胸に押しとどめてきたんだ。





あなたは、こんなこと知らないだろうけど…。





――僕は、明日定年を迎える。




了)