「ほら、そこの流しでうがいしてこい!」



先生にコップを渡されて、うがいをする。

口の中が切れているらしく、ぴりっと痛みが走る。



「ついでに顔洗え。そんな顔で帰ったら、親御さんびっくりするぞ。」


「あ、」


「え?」


「電話しないと!」


「そうだな。心配するだろ?」



そうなんだ。

うちの両親は、結構な心配性だから。

私が遅いと、心配して友達のところに電話をかけまくったりする。



「そうだなー、学園祭の準備で遅くなる、とか言っとけば?どうせ明日から準備期間だし。ばれないだろ。」


「それ、いいですね!」



タオルで顔を拭いながら、私ははしゃいだ声を上げる。

大体、下校時間を過ぎた学校に、先生と二人きりでいるなんて。

そんな状況が、まずないことだ。



「おい、何ではしゃいでるんだよ。」



先生は、少し呆れた顔をする。

私は、スマホで母に電話をかけた。

少し罪悪感があるけれど、私の言い訳を母はすんなり信じてくれた。

気をつけて帰ってくるのよ、なんて言葉を添えてくれる。


親はありがたいなー、なんて思いながら電話を切ると、先生が保健の先生の座る椅子に座って、こっちを見ていた。



「ほら、ここに座れ。」



先生の向かいの丸椅子を、ずいと指差す。



「はい。」



向かいに座ると、何だか変な感じで笑ってしまう。



「おい、こっちが真面目に手当てしてやろうってんだから、笑うな!」



そんなことを言われると、もっと可笑しくなる。



「はい、あーんして。」


「へ?」


「へ?じゃなくて。傷を確かめるから。」



先生は、お医者さんみたいに私の口を開かせて、中をチェックしてる。

なんだかすごく、恥ずかしい―――



「うーん、何ヶ所か切れてるけど、この程度なら問題ないだろ。口の中の傷は、治りが早いし。しばらくは沁みると思うから、刺激の強いものは控えて。」



本当にお医者さんみたいなコメントだ。

私は、ただ頷いていた。



「うーん、あとはなあ。」



先生が私の顔をじっと見つめる。

そして、その手が伸びてきて、そっと頬に触れた。

ドキドキして、頬が熱くなるのが分かる。



「ちょっと熱を持ってるかな。痛い?」



先生の言葉と、触れる手に、さらに恥ずかしくなる。



「ちょっと、痛い。」


「ここ、湿布貼ったら目立ちすぎだよなあ。ご両親にも、説明できないだろ?」


「そうですね。」


「派手な痣にならないといいんだけどな。」



そう言って、先生は私の頬を冷やすように、冷たい手の甲をぴたりとくっつけた。

先生との距離が、あまりにも近くて。

私は、先生の目を見ることができない。

これは一体、どういう状況なんだろう、と不思議に思う。



「ちょっと待って。ちゃんと冷やした方がいいな。」



そう言って、先生が席を立って。

私はほっと息をついた。


大好きな先生だからこそ、距離が近いと緊張して息が止まりそうだ……。



「はい。これで顔冷やしてて。あとはどこが痛い?……あ、膝ぶつけただろ。」



確かに、膝に痣ができかけている。

先生は、戸棚から湿布を持ってきて貼ってくれる。



「ばれないようにしろよ?くくっ。」



先生は、なんだか楽しそうだ。



「後は、家帰って痛いとこあったら自分で貼って。」



湿布の残りを、先生が私の鞄に入れてくれる。

そして、その鞄ごと先生が持って、立ち上がった。



「さてと、帰らないとな。だけど俺、今日日直なんだよ。ちょっと、戸締り回ってきていい?」


「私も、一緒に行っちゃだめですか?」


「は?……もう残ってる先生いないと思うから、別にいいけど。」


「じゃ、行きます!」



そう言って立ち上がると、先生はくすっと笑った。



「ここで一人で待ってるのが怖いんだろ?」


「そんなんじゃないです!!」


「ははっ。行くぞ!」



先生と、戸締りを確認しながら保健室を出る。

なんだかとっても、幸せだった。