「……」
《………》


「……」
《………何だよ》





数十分後。




きれいに洗い、ドライヤーで乾かしてから、絡みまくっていた毛を切った毛玉を智紘は凝視していた。穴が開くほど見つめられ、さすがに居心地が悪かったのか、不機嫌そうに智紘を見る、‘元’毛玉。


「…いや、洗って軽くカットしただけで、全く違う生き物に変貌したなーっと」

《人間の女の化粧ほどではないだろう。あれは凄いぞ。印象が全く違う》

「…お前のほうが凄いよ。絶対」



毛玉は、毛の部分を短くすると、ちゃんと手や足、尻尾までついていたことが分かった。

もちろん、顔もしっかりある。しかも、意外と愛らしい外見をしていた。黒猫に近いだろうか。普通の黒猫との違いは、二足歩行が可能な事と、透き通った青紫の瞳くらいか。

青紫の大きな瞳が、漆黒のボディーによく映える。ゴミの塊のようだったのが嘘みたいだ。



「で、お前はいつ帰るんだ?」

《私の家はここだ》


何を言っているんだ?とでも言いたげに、智紘を見る。




「じゃあ、元の住処に帰れ」
《……》


スパンッと窓を開けて外を指す智紘の言葉に見えるようになったばかりの口を引き攣らせる。

《窓から出て行けと?》


「大丈夫だ。妖怪は2階から飛び降りても死なない」
自信満々でグッと親指を立てる智紘。


《そういう問題か?》
「そういう問題だ」
《………》


黙りこくった元毛玉をジッと見ていた智紘は、大きな瞳を不安そうに揺らしていることに気づき、ぱちくりと瞬きをする。




「……お前…」




瞬きを繰り返した智紘は、先ほどから長い尻尾を丸め、引きずっている目の前の小さな獣に、目元をふっと和ませた。






「…名前」
優しい表情のまま、獣の頭に手を乗せた。

《…え?》


一瞬、ビクッと体を震わせた小さな獣はどこか怯えたように視線を智紘に向ける。

その表情は、智紘の思考を読み取ろうとしているようだ。


「名前、何がいい?いつまでもお前じゃ嫌だろ?呼びにくいし。もう毛玉じゃないからなー…」

頭を撫でながらの言葉に、獣は目を見開く。


《私は…私はここにいてもいいのか?》
不安そうに揺れる青紫の瞳を真っ直ぐ見て、ふわりと微笑み、手を差し出す。

「…俺、旭 智紘。これからよろしくな。相棒」


答えの代わりのこの言葉に、捨てられた子犬のようだった瞳を喜びの色に染めた獣は、前足をその手に乗せた。