・・・黒蝶(くろちょう)、噛まれると蝶の飼い主に意識を操られる。


飼い主のいない蝶にかまれると蝶に意識を操られる。


「須崎流結界、強」


百合香がそういう言うと、糸を張り巡らせた空間が現れる。


結界は目に見えないので糸だけ見えている状態、といったほうが正しい。


百合香の結界の後ろには雅さんも立っている。


「姉様、もう一度言うわ。


夏神村(なつがみむら)に戻る気はない?」


「・・・ええ。


ないわ。」


少し、私の口調が変わる。


緊張すると出てしまう癖。


「ふふ、姉様ったらちっとも変ってないわ。


緊張したら口調が変わるその癖。」


「・・・悪かったわね。」


「誰も、悪いとは言いませんよ?


それが、姉様の個性ですから。」


凛とした声で言う。


辺りは静寂が支配しており、わずかな音でも鮮明に聞こえる。


「結論は、まだ出さなくてもよろしいです。


よく考えて、結論を出してくださいね。」


沙捺はそれだけ言うと本堂の扉に手をかけた。


「・・・あら、鍵がかかってるわね。


残念だわ。」


沙捺は再び袂から黒蝶を羽ばたかせ、鍵を壊した。


黒蝶は見た目こそ黒い普通の蝶々だが、力は成人男性に匹敵するとも言われている。


ガチャ、鈍い音を立て鍵が木製の板に落ちる。


沙捺は一段上がり、本堂に足を踏み入れた。


しばらくうろうろした後、本堂の隅で足を止めた。


「・・・みぃーっけ。」


沙捺は手に何かを持ち、本堂を出た。


「・・・あら、失礼。」


沙捺はそれだけいい、手に持っていたもの、呪人形の顔を手拭いで覆った。


「・・・夏神村で待っているわ。


儀式を終わらせましょう。


姉様の大切なお方を傷付けたくはないもの。


ふふ、来るならばお二人を切り捨てて来てくださいね・・?


未練がましいのはあまり好きではありませんから。」


沙捺は優雅に言った。


沙捺はまた、ひざを少し折って会釈し、神社を後にした。


私は幼いころの記憶を思い出す。


なぜ・・・、こんなことになったのか。