カリス姫の夏

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土曜日の午前中。
図書館の勉強室は、切羽つまった受験生の熱気で、室温以上の暑さを感じる。

い……息ができない……


慣れない勉強とその空気に耐えられず、私は問題集を持って席をたった。


自動販売機が数台並ぶ休憩所の椅子に座ると、一緒に勉強していた藍人くんが焦って後を追ってきた。


「どうしたんですか?
莉栖花さん」


両手で頬を抑えうつむく私の表情がよっぽど辛そうだったのだろう。藍人くんの声は心配に満ちている。


「耐えられない。
だいたい、勉強するっていう習慣が身についていない上に、物音一つしないあの異様な空間。息がつまっちゃうよ。
別の意味で呼吸困難になっちゃう」

と、うわごとのようにつぶやく私の呼吸はちっとも乱れていない。


藍人くんは私が案外元気だと察したらしく、ホッとした表情で隣に座った。


両手を上げ大きく背伸びすると、とりあえず愚痴を心広い若者にぶつけた。


「あーあ、ネットだったら何時間でも座ってられるんだけどなー。
やっぱり今からじゃ無理なのかなー。

本格的に情報処理の勉強するなら、やっぱり専門学校じゃなくって大学行った方がいいよね。
できれば国公立……無理かなー。

特に数学が全然、分かんなくって。
ねえ、情報処理系の学部で、受験科目に英語と数学と物理のないとこってないかな」


素直な藍人くんがスマホを取り出し検索しそうになったので、私は慌てて制した。


「いいの、無いって分かってるから。
とりあえず、心配事は無くなったんだから、勉強集中しないとね」


「そうですよね。
カリス姫の個人情報も、吉元さんや桐生さんのバッシングも消えて……」


ナイトの全てをなげうった願いは、みんなの心に届いたらしい。


トラブルになっていたネット上の書き込みは、まるでシャボン玉がはじけるように、次々と消えていった。


そして心配された、ナイトの個人情報がネットに流れる事はなかった。


私の仲間達は今、どこで何をしているのだろう。ネットでの会話に飽きて、リアルの人付き合いに力を注いでいるのだろうか。どこか違うネットワークを見つけて仲間を作っているのだろうか。あるいは、自らSNSを立ち上げているかもしれない。


ナイトは?
ナイトはどうしているのだろう。
今回のトラブルでネットには懲(こ)りて、もうネットに現れないのだろうか。いや、ナイトならきっと……

今となっては、知る術(すべ)もない。