「そりゃあ、可能性0なんてことは、この世の中そうないけどね。
そこまで頭固くもないし。
だとしてもさ、うーん」
さっきエレベーターから降りた親子連れは、目的の人との面会が許されないのかナースステーションの前で待っていた。
おかあさんに抱っこされ、つぶらな瞳を更に大きくし、好奇心のおもむくままに周りをキョロキョロ見ている幼児。その子を視線で指し、華子さんは続けた。
「ほら、あの抱っこされてる男の子。
あの子と子リスとどっちが早く、そのシステムを作れるか賭けるんなら、あたしは全財産あの子に賭けるね」
華子さんの毒舌は、今日も快調だ。派遣ナース 吉元華子はこうでなくっちゃ、私のモチベーションも上がらない。
毒を吐き切り、スッキリした顔の華子さんはエレベーター前に歩んだ。エレベータードア上の数字を見上げている華子さんの背中に、私はもう一つ大切な事を伝えなければならない。
「華子さん。
わたしはやっぱり、将司にはなれません」
チンと到着の合図をし、エレベーターの扉が開いた。私の声が聞こえないわけはないが、華子さんは無言でエレベーターに乗り込んだ。
華子さんが私の方に向き直ったのを確認し、私の決意表明は続く。
「わたしは自分が、何の上で日向ぼっこしてるか知りたいし、わたしの上に何が乗っているのかも知りたい。
ううん、知らなきゃなんないんです。
だから……わたし、将司にはなれません‼」
新たな毒舌の応酬に身構えたが、華子さんは何も言わない。ただ私をじっと見ている。
『閉』ボタンが押されず、しびれを切らしたエレベーターの扉がゆっくりと移動した。華子さんの顔を扉が半分隠した瞬間、口元をかすめたのは……笑み?
けれども、それが見間違えや錯覚ではないと判断する前に、華子さんは消えていった。
閉じた扉の前には、何かが残されている気がする。それは、華子さんのプレゼント。そんな気がする。
華子さんが置いていったのは『まっ、いんじゃないの』なんて、投げやりなエール。その言葉を私は、カバンの中に大切にしまった。
