カリス姫の夏

ナースステーション前の廊下は、車いすを押したりワゴンを押す看護師がひっきりなしに通り、邪魔そうに私をにらむ。

恐縮した私は、エレベーター前の長椅子に座った。


「子リス、はいっ」

突然の声に驚き華子さんを見ると、スポーツドリンクのペットボトルが飛んできて私の手の中に収まった。


「くれるんですか?
めずらしい。
ありがとうございます」


不気味なほどの優しさを疑い、ペットボトルをじっくり観察したが、冷たさからもすぐ横の自動販売機で買った物に間違いない。


キャップを開け口をつけると、華子さんも隣に座りカフェオレを飲み始めた。


「華子さん、仕事戻んなくていいんですか?」


「今は昼休み。
総一郎が電話でごちゃごちゃ言うから、顔見に来たのよ。
まったく、みんな働けっていうのよ」

と、華子さんの腹の虫は収まっていないらしい。


スポーツドリンクをもう一口飲む。その時、華子さんに聞きたかったことを思い出した。


「そういえば、華子さん。
みゅーの書類改ざんしたの……
ほら、糖尿病だって情報消したの、実はみゅー本人だったんですけど……

華子さん、そのこと知ってたんですか?」


「へー、やっぱりあの子だったんだ」
と、華子さんはうなづいた。


「どうしてみゅーじゃないかって分かったんですか?」


華子さんは甘そうなカフェオレの底にたまった糖分を確かめているように、ペットボトルを目線より上に持ち上げて底を見た。そして、何か見えたのか、撹拌(かくはん)するようにペットボトルをくるくると回した。


「低血糖でね、意識が無くなるのは血糖値が40切った位かなー。
あの子のあの時の血糖値は72。
確かに低血糖ではあるけど、意識なくなるほどじゃなかったはずなのよ」


華子さんの返答に、私は驚かざるをえない。


「えーー?!
じゃあ、あれも演技だったっていうんですか?
でも、なんで?」


「さあね。
ちょっと騒ぎおこして注目浴びたかったのか、心配して欲しかったのか……
でもさ、ポケットにブドウ糖入れといて、いざとなったら自分でなめれるようにしとくなんて出来過ぎてるじゃない。

まあね、低血糖なのは間違いないんだから、立ちあがった瞬間力入らなくって転んだのかもしれないし……

本当のところは分かんないよ。
本人にしか……

でもさ、あの子の目、見たら情報改ざんくらいやり兼ねないかなーって思ってたのさ」