カリス姫の夏

「桜庭……
桜庭……
サクラバ……」


総一郎さんは記憶を呼び戻すように頭をかきながら、何度も繰り返しつぶやいた。そして、何か思い出したように、ポンっと手を叩いた。


「あー、あー。
桜庭……桜庭医院の息子さんだよね。

そっか、そっかー。
俺さ、3・4年前に桜庭医院、手伝ったことがあるんだよ。
あそこの総師長と知り合いで、頼まれてさ。
そうだ、その時会ったことあるんだ。
なんか見覚えあるなーって思ったんだよ。

いやー、でかくなったなー」


思いだせたのに満足したのか、総一郎さんはうんうんとうなづきながら、久しぶりに会う親戚のおじさんみたいに藍人くんの肩を何度も叩いた。


「たしか、お姉さんもいたよね。
うーんと、2人だったっけ?」


するするとよみがえる記憶が楽しくてしかたない様子で、総一郎さんは続けた。


「はい、上の姉は研修医です。
下の姉は今、医学部に行ってます」


「そっかー、桜庭先生も安心だな。
あー、そうだ。
院長から医学雑誌借りっぱなしなんだよな」


「あんた、なに、借りパクしてるのよ」
と、責める華子さんに
「いや、院長は返すのはいつでもいいって言ってたからさ」
と言い訳をし、総一郎さんは再び藍人くんを見た。


「そうだ、ロッカーに入れっぱなしのはずだ。
桜庭くん、俺このまま休憩で食堂行くから、ちょっとロッカールームまで一緒に来てよ。雑誌渡すから、お父さんに返してくれるかい」


総一郎さんは藍人くんの腕をむんずとつかむと、有無を言わせず引っ張った。


そして、ナースステーションの中に

「俺、休憩入るから。
おい、川内。
山根先生に703号室の池添さんの退院、今日に出来ないか確かめてくれ。
オッケーでたら、俺に電話して。
俺から池添さんに確認とるから」

と指示を出し、藍人くんを引きずるようにエレベーターに消えて行った。


藍人くんの
「莉栖花さん。ここで待っててくださいね。絶対ですよ。絶対ですよー」
という声を残して。