カリス姫の夏

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みゅーに別れを告げナースステーションの前を通ると、ケンケン声が耳に入った。聞き覚えのあるその声に、私は思わず身を隠す。


「だからさ、入院しなきゃだめなんだから仕方ないじゃないの。
空いてるベットが無かったらなんとかするので師長の力量ってもんじゃないの?」


「師長の力量とかいう問題じゃねーだろうが。
派遣長くやってたからお忘れかもしれませんがね、病棟には決められたベット数っていうもんがあって、そのベット数以上の入院患者を引きうけちゃなんないって決まりがあるんですよ」


「ほら、よく聞くじゃない。
いざって時のために、隠し部屋みたいなのないの?」


「そんな古い旅館みたいなのねーよ!
だいたい空きベット確認してから入院患者引きうけるのが、外来ナースの役割だろうが」


壁にぴったりと背中をつけ、振り返りながらそっと中をのぞくと、案の定、口論していたのは華子さんと師長の総一郎さんだった。


初めて見る白衣姿の華子さんは、普段着の時より凛々(りり)しい。その上、戦う姿を見ると完全復活を遂げているのは歴然としている。関わり合いにならないに越したことは、なさそうだ。


くわばら くわばらと古い呪文を唱えながら、できるだけ身をかがめ、ナースステーションの前を横切った。
というのに、総一郎師長は目ざとく発見し、うれしそうに声をかけた。


「あっれー、きみ。
確か……多部さんの友達の……
えぇっと、名前なんていったっけ?」


藍人くんが発見されてしまった。


藍人くん、でかすぎ!と心の中で文句を言いにらむ私に気づき、藍人くんは急いで身を縮めた。もちろん手遅れだ。


総一郎師長は藍人くんのことがよっぽど気に入っているのか、わざわざナースステーションから出て来ると、ついでのように私もみつけた。


「なんだ、多部さんもいたのか」


エネルギーを持て余しているのだろうか。私の存在を知り、よせばいいのに華子さんも廊下に出てきた。


「こんにちは。
あっ、華子さん、いたんですか?
全然、気がつかなかったなー
ははははは……」


私の乾いた笑いに、華子さんは横目を薄く開け、すきあらば一言物申してやろうと臨戦態勢を整えている。華子さんの心を読み、私は攻撃に備えている。バシバシと電流のような光が、2人の間に流れた。


そんなにらみ合いに気づいたのか、藍人くんは話題を変えるように、師長に話しかけた。


「こんにちは。
桜庭です。
僕、桜庭藍人といいます」