カリス姫の夏


それでも、できるだけ素知らぬふりで、私は教室を出た。ドアがきっちり閉じられるのを待ち切れないらしい。女子高生達は、私のゴシップを繰り広げた。


「ねえ、ネットでさ、ちょーっとだけ話題だったんだけどカリス姫って知ってる?
それがさ、実は莉栖花だったらしいのよ」

「ラインで流れてたよね。
チェックしたけど、動画消されてて見つけらんなかった」

「コピーしてるサイトあるよ。
ほら、これ」

「でも、意外だよね。
莉栖花って、そんなタイプじゃないと思ってた」

「莉栖花、リアルでもけっこう派手にやってるらしいよ。
ほら、この前教室に来た1年生と付き合ってるって……」



本人、まだここにいるっていうのに、早すぎるっちゅうの。


ドアの前に立ちつくし、私は心の中で渦巻くグレーの渦と格闘していた。心の中をふさぎこむグレーの渦。ここ何年も、時折訪れては『人間関係なんて無難にこなせ』と教えてきた渦。


うつむき、その渦の存在に心が折れそうになった私に、太い声が言った。


『大丈夫だよ。明日、世界は無くなるんだから』


大川さんの言葉に、ふふっと軽快な笑いが口元から溢れた。


よく考えれば、これほどネガティブな励ましもないだろう。明日には世界は無いのだから今日何言われたって平気だなんて、スクールカウンセラーだって言いはしない。倫理の小論文で書いたら、赤ペンだらけで返されること必至だ。


けれども、その史上最強のネガティブが私を勇気づける。


私はキッと顔を上げると、勇んで玄関に向かった。足取りは驚くほど軽い。



そう、平気。平気。

だって明日には世界は滅亡するんだもん……
ねっ、大川さん。