「お嬢さん」


りっさんが呼んでいるのに気づいた私は、思わず抱いていた「ソナタ」を落としてしまった。「ソナタ」は、ニャーと軽く叫ぶと、逃げていってしまった。


りっさんと二人きりになるのが恥ずかしいから、「ソナタ」を連れてきたのに。


恋を自覚してから、初めて見るりっさんの姿に、私はどぎまぎしてしまった。


りっさんは、白髪が多くなった髪を、昔と変わらず長髪にして、肩に横髪を垂らしていたが、それが本当によく似合っていた。額には、ちょっとしわも増えている。りっさんの正確な年は知らなかったが、まだ40前後のはずだった。その割には老け込んでいたけれど、私の目には、誰よりもダンディに素敵に映った。


「お嬢さん、今年は音大受験ですか」

「はい」

「将来はピアニスト?」


「そうなれたら」


「そうですか。お嬢さんを教える先生はうらやましいですね」

私はうつむいた。りっさんが、全ての始まりなのに。でも、私はりっさんにそれを伝える術を知らない……。