りっさんは、ゆっくりといつもの曲を弾いていた。


ベートーヴェンの「熱情ソナタ第二楽章」。
優しく、心からしみ出るような熱情を、ピアノの鍵盤に託して、音を連ねていくりっさん。


私は、そんなりっさんが好きだった。


飼い猫に「ソナタ」という名前をつけたのも、このりっさんが弾く「熱情ソナタ」のことがあったからだった。


りっさんは、「熱情ソナタ」の中では、この第二楽章が一番好きなのだと教えてくれたことがあったのだ。


そして、ピアノの練習が嫌いだった私も、りっさんと出会ってからは真面目になり、今年は音大のピアノ科を受験する。


ここまでになれたのも、りっさんのおかげだ。一年に一度だけ会えるこの調律の日を、私はどんなに楽しみにしていたか。


それは尊敬だと思っていた。でも、りっさんのことを考えると、胸が熱くなり、鼓動がりっさんを欲しがるように高鳴る。


今では、私にも分かっている。それは恋だと。