行きとは裏腹に、あまり会話もなく静かな車内。

住職さんの言葉の余韻が残っている。


行きに感動した橋も、帰るときにはなんだか寂れて見えた。



ねえ、どうしたら。

どうしたら先生に、もっと近づけたんだろうね。

先生の抱えているものを、私も一緒に背負いたかったのに。


先生が、私たち兄弟に関わったみたいに。

私も先生のこと、無関係でいられるはずもなかったのに―――




「なあ、莉子。」


「ん?」


「来て、よかったか?」


「えっ、」


「俺と一緒に旅なんかして、よかったのか?」


「当たり前じゃん。」



―――先生は、違うの?



「そうか、それならよかった。……単なる俺の、自己満足なんじゃないかって、ずっと思ってたから。」



先生の切ない顔に、溢れそうな何かを感じる。

ああ、やっぱり聴きたくない。

何も知りたくない。


ここまで来ても、やっぱり私は弱くて、意気地なしで。



「楽しかったな。」


「うん。」



涙を含んだ先生の声に、私も涙腺が緩んだ。

ああ、やっぱりだ。

先生はこの旅を、思い出にしようとしている。



「金魚すくい。……先生、すごかった。」


「ははっ、人だかりができてたな。」


「花火も、綺麗だった。」


「ああ。あんなに綺麗な花火、初めて見たよ。」


「海鮮丼も、おいしかったよ。」


「そうだな。」


「でも何より私は……、先生と、一緒に、……一緒にいられて、嬉しかった。」



声が震えて、いつの間にかあふれ出した涙が止まらない。

ああ、いつから私は、この人のことがこんなに好きだったんだろう。

最初はただの、怖くて近寄りがたい、生徒指導の先生だったのに。


バイトしているところを見つかったあの日。

私の家の前で、「無理すんなよ。」と言ってくれた先生。

あの日から、一年間。

一緒に歩んできた。


先生と、生徒という壁を越えて。

どんな形にせよ、お互いに愛を与え合って、歩んできたから―――



「俺も、……俺も嬉しかった。夢が叶った。」


「夢?」


「初恋を、やり直せた。」


「―――先生、」


「でも、でも莉子。俺はもう、俺は……、」



苦しそうに顔を歪めた先生は、最後の息を吐き出すようにして、言った。



「君に会うことはできない。」



分かってた。

この旅が終われば、その言葉を聴かなきゃいけない時が来ると。



「……そっか。」



駄々をこねたかった。

嫌だって、言いたかった。


でも分かるから。

先生も苦しいんだって、分かるから。


これ以上私が、先生を苦しめるわけにはいかない。

私の存在が、先生を追い詰めるのだから―――



「理由、訊いちゃいけない?」


「すまない。時が来たらすべて、すべてを教えるから。」


「うん。」



先生の言う「時」というのが何を示すのか、何となくわかるような気がした。

でも、それなら。

そんなときは来なくていい。

私は何も知らないままでいい。

だから、この世界から先生を、奪わないでほしい……。



「悲しい思いばっかりさせて、ごめんなあ。」


「ううん。そんなことないよ。」



私より悲しい人を、一人知っている。

それは、先生。

あなたでしょう?



「先生は、私と歩に未来をくれた。私と歩を、たくさん笑顔にしてくれた。……もう、要らないよ。もう十分だよ。私、満たされてるよ。」


「莉子……。」


「前に、約束したでしょ?忘れないって。ずっと、覚えてるって。」


「ああ、」


「先生のこと、私は好きだから。これからもずっと、大好きだから。忘れるはずない。」


「莉子、」


「忘れたくない……。」



元気な声を出していたはずなのに。

語尾が震えて、元気がしゅるしゅると萎んでいく。

ごめんね、先生。

笑顔だけを見せるって約束したのに。

泣いてばっかりでごめんね。



「お前のことも……忘れたくない。」



先生は、噛みしめるように言って泣いた。



「莉子……ごめんっ、」


「もういいよ。」



この旅行のこと、一生忘れないよ。

楽しくて、幸せで。

それでいて、悲しくて、切なかった。


だけど隣に、いつも先生がいた。

この旅行のこと、忘れない―――