「わああー!何で今日はお寿司なの!?」



驚く歩の前に、並べられるお寿司。

先生が、3人分取ってくれたんだ。



「今日は特別な日なんだ、歩。」


「とくべつ?」


「莉子の仕事が決まったんだよ。」


「県のために働くお仕事?」


「そうだ。これで歩も、姉ちゃんとずっと一緒にいられるぞ。」


「ほんと!」


「ああ。ほんとだ。」



来年度から、県庁職員として働くことができる。

公務員だから、給料はそれほど多いわけではないけれど。

それでも、安定しているから、歩一人を養うくらいできる。



「やっと、誰にも頼らないで生きていけるようになるんだね。」



何の気なしにつぶやいた。



「お前は、ずっと誰にも頼らずにやってきたじゃないか。内定だって、お前の力で勝ち取ったんだ。」


「そんなの嘘だよ。全部、全部先生のおかげだよ。」


「俺のおかげ?そんなことはないよ。」



せめて。

先生のおかげということにさせてほしい。

先生は、私を助けてくれたのに。

いつも、一番近くで応援してくれたのに。

それを、なかったことにはしないで。

内定を取ったからって、これで終わりにしないで―――



「みっちゃん、マグロ、おいしいよ!」


「ああ、そうだな。」


「みっちゃん食べてないじゃん。」



確かに、先生はちっとも食が進んでいなかった。

毎日見ているから気付かなかったけれど、前よりほっそりした気がする先生の横顔。



「歩、この前の約束、覚えてるか?」


「うん!かっこいい男になる!」


「それで?」


「それで、莉子姉を守る!」


「そーうだ。いい子だな、歩。」



先生が手を伸ばして歩の髪に触れると、歩は照れたように笑った。


歩が、私を守ってくれるほどかっこよくなったら、私はさびしいな。

いつか歩にも、大事な人ができて。

今を共に過ごしても、結局は離れ離れになる。

それは、当たり前のことだけれど。


私は、一人になっちゃうのかな―――――



「林間学校、楽しみだね、歩。」


「うん!高遠のロッジに泊まるんだよ!夜はキャンプファイヤーもするし。」


「ふうん!いいなあ。」


「いいでしょ。莉子姉も行く?」


「私はいいの。歩、楽しんできて!」


「うんっ!」



林間学校なんて、懐かしい響き。

私の頃にもあったなあ、と思い出す。

歩の父が、まだ家にいた頃。

あの息苦しい日々から抜け出した、束の間のような二日間だった。


あの頃に比べたら、生活は苦しくても、今の方がずっといい。

苦しみが、ずっと続くことはないんだ。

いつか、光が見えてくる日がきっと来る。


だけど―――


どうしようもないこともある。

先生の横顔を見上げるとき、私はいつも、そう思ってしまうんだ。