その日の食卓で、先生は突然歩に話しかけた。



「歩、莉子は頑張ってるんだぞ。」


「うん、知ってるよ!莉子姉はいつも頑張ってるよ。」



歩の言葉は何よりも嬉しくて、私は思わず笑みをこぼす。



「莉子はな、もうすぐかっこいい仕事に就くんだ。」


「かっこいい仕事?」


「そうだ。この県のために、働くんだ。みんなが憧れる、すごい仕事なんだぞ。」


「ふうん。」


「だから、歩もかっこいい男になれ。」


「うん!」


「かっこいい男になって、……莉子を、守ってやれ。」



先生。

それじゃあ、まるで。

別れの言葉みたいだよ。


私の生きていく未来には先生はいないと、はっきり断言された気がして―――



「どうぞ。」



コトリ、と音を立てて食器を置くと、先生はにこっと笑った。



「ありがとう、莉子。」



いただきます、と三人で手を合わせる。

一体あと何回、こうして共に食事ができるんだろう。

そう考えたら、怖くなった。


先生がいるのが当たり前じゃない未来が、すぐそこにあるような気がして怖かった。



「みっちゃん、どうしたの?」



歩の視線を辿ると、食器を持つ先生の手がカタカタと震えていた。



「あ、いや。何でもないんだ。最近、仕事が忙しくて。」


「先生、」



何か言いたくて口を開いたけれど、尋ねる勇気は出なかった。

そんな自分に苛立って、私は強く唇を噛みしめる。



「みっちゃん、無理しないほうがいいよ。」


「ありがとう、歩。」



歩の方が、よっぽど気の利いた言葉を掛けられる。



「歩は将来、モテるだろうな。」


「モテる?」


「ちょっと先生、歩に変なこと教えないでよ。」


「ははは、悪かった。」



笑い合う間、先生が震える右手を、左手でぎゅっと握りしめたのが分かった。


どうして、どうして。

私はどうしてこの人を好きになってしまったの?


叶わない、よりもっとつらい。

叶ったはずでも掴めない恋。


先生―――――――、