先生に連れられて行った二ヶ所目の場所は、大きなクリスマスツリーのあるところだった。

イルミネーションで、辺り一面が別世界のように彩られている。



「先生、でもここ、誰かに会わないかな。」


「会っても気付かれないよ。暗いし、それにみんな、自分たちのことで頭が一杯だろ?」



そう言って苦笑する先生。

確かに、よく見るとそこにいるカップルは、みんな手を繋いだりキスし合ったり、それぞれに楽しんでいた。



「クリスマス気分、俺も味わいたいんだ。今年のクリスマスは、特別だから。」


「え?特別って何が?」


「いや……。何でもないよ。」



先生は、静かにクリスマスツリーを見上げた。

その目には、イルミネーションの光が映って、揺らめいている。

泣いているようなその横顔から、目が離せなくなった。



「綺麗だな。」



言われて、初めて私もツリーを見上げる。



「うん。綺麗だね。」



あ、と思う。

私の右手の指先に温かい大きいものが触れる。

そして、握りしめるように、ぎゅっと掴まれた。

私も、その手を遠慮がちに握り返す。


先生はそのまま、私の手をコートのポケットに入れた。

温かくて、泣きそうになるくらい幸せで。

それなのに、なぜか切ない。



「莉子は、運命って信じるか?」


「運命?」



広場にはだんだん人が増えてきて、私たちの周りにも人が押し寄せてくる。

おかげで、先生と私はぴったりと寄り添うようにして立っていた。



「……信じるよ。」


「そうか。」



先生の声は、とても悲しそうだった。

まるで、私がいけないことを言ってしまったかのように。



「そうなんだよな。運命は、きっとある。奇跡のような運命もあれば、……逃れられない運命も。」


「逃れられない運命?」


「いや、若い頃よく、そんな哲学的なことを考えたものだよ。莉子も考えたことないか?」



急に、明るい声で先生が言った。

なんだか、わざと自分を鼓舞しているような、そんな声。



「私は、そうだな……。どんな死に方がいいか考えたことならあるよ。」


「どんな死に方がいい?」


「誰かをかばって死にたい、とかね。」



そう、特にそれが歩を救うためだったら。

私は自分の命を投げ出しても、歩を助けたい。

そんな死に方がいい―――



「先生は、ないの?」


「俺は……本当に若い頃は、海の波間に紛れて死にたいと思ってた。だけど今は……、普通に死にたい。」


「普通に?」


「ああ。長生きして、みんなに看取られて、眠るように死にたい。」



先生が、余りにも切実な声で言うから。

私は、なんだか怖くなった。

先生と死なんて、今まで結びついたことがなかったけれど。

考えてみれば、誰だって明日が確実に来るとは限らない。

交通事故で死ぬかもしれない。

命に関わる病気になることだって。


私にも言えるけど、先生も。

その命が明日も、明後日も続く保証なんて、どこにもないんだ―――



「さてと、そろそろ歩も帰ってくるころだ。帰ろうか。」


「うん。」



手を繋いだまま、車に戻る。

なんだか手を放すのが怖くなって、ぎゅっと先生の手を握った。



「どうした。」


「……ううん。」



先生と過ごしたクリスマスは、楽しかったけど。

いつまでも忘れられない、今までで一番寂しいクリスマスだった。

思い出すと、そんな気がするんだ―――