その日の夜は、よく眠れなかった。

先生の流した、たった一筋の涙。

そこに、あふれる悲しみがつまっているような気がした。


ねえ、先生。

何なの、先生。

先生をそんなに悲しませるものは。

先生を、踏みとどまらせるものは、何なの―――


考えてみれば、先生は一切女性と交際しない、という噂を聞いたことがあった。

先生の年なら、早い人ではもう、結婚して子どもを持つ頃だろう。

それなのに、そういう噂がまったくない先生。

「俺は、誰のことも好きにならない。」って言った先生。


よく考えたら、普通じゃないことだらけだったね。




―――「お前は、俺のこと……好きになんかなるなよ。」


―――「……もしも、もしも仮に……俺を好きになんてなっても、だめなんだ。俺には、お前を満たしてやることなんて。」




先生の言葉が、ぐるぐると頭の中を巡る。

おかしいよ、先生。

どうして、先生。


そんなこと言われたら、余計意識しちゃうよ。

好きになるなと言われたら、逆に―――



先生のこと、一つひとつ思い出した。


歩に向ける、優しい優しい顔。

歩に買ってくれた、バットとグローブ。

バイト先のオーナーから、私を守ってくれた先生。


そして何より思い出すのは……。


あの、悪夢のような日に。

心細い私を守るように、ずっとそばにいてくれたこと。

眠れない私の背を、リズムよくたたいてくれたこと。

背中をさすってくれたこと。

そして、次の日の朝ごはん、作ってくれたこと―――


一つひとつ思い出す度に、先生の優しい表情が、心配そうな顔が、次から次へと浮かんで。

胸がいっぱいになった。



先生のばか。

先生は、ほんとにばかだよ。


気付いてしまったんだから。


私は、先生のことをとっくに好きになっていたんだと―――