「ただいまー!」


「おかえりー!莉子姉!みっちゃん!」



元気いっぱいに飛び出してくる歩。

その笑顔を見ていると、昨日あったことなんて忘れてしまえそうな気がする。



「よく留守番してたな、歩。じゃあ今度は、歩と出掛けような!」


「うんっ!」



跡部先生は、にっこりと歩に笑いかける。

その穏やかな笑顔が、何より好きだ。

小さな子や、動物に向ける顔には、自然とその人の本当の表情が現れるのだろうか。



「待って!一息ついていって、先生。」


「ああ。」



先生に、いそいそとお茶を準備する。

気の利いたお菓子なんてないけど。



「どうぞ!」


「ありがとう。」



温かい緑茶を、先生はおいしそうに飲んでいる。

歩は待ちきれない様子で、先生にくっついていて。

その二人の様子を遠目に眺めながら、私は安らかな心で微笑んでいた。


歩は、どこにつれていってもらえるんだろう。

いいな、歩。


秋の深まったお昼。

窓からは、暖かな日差しが差し込んでいる。


今まで、頑張って頑張って生きて来たけど。

先生に頼るときだけ、頑張らなくていいんだと思えるよ。

目いっぱい入っていた、肩の力がふっと抜けるんだ。



「じゃあ、そろそろ行こうかな。なー、歩!」


「うん!」


「歩をよろしくね、先生。」


「ああ。心配するな。」



手を繋いで玄関に向かう、歩と先生。

先生は振り返って、私に囁く。



「ゆっくり休めよ。今日は出歩かないでじっとしてろ。」


「うん。」



その優しい言葉に、緩みそうになった涙腺。

でも、瞬きしてこらえて、笑って見せた。



「せんせ、ありがと。」



小さく返すと、先生は首を振って応えた。



「みっちゃん、早くー!」


「ごめんごめん、じゃあ行ってくるよ!夕方までには帰るから。」


「うん。行ってらっしゃい!」



手を振ると、嬉しそうな歩が大きく振り返す。

よかったね、よかったね、歩。


二人が行ってしまうと、私はぺたん、とフローリングに腰を下ろした。

ひんやりした玄関の床。


ふふふ、と笑いながら、私は涙をこぼした。

誰にも見せない、涙。


いろんな感情が混じり合ったようなその涙は、ただ冷たいだけじゃない。

冷たさと温もりの混じった、不思議な涙だった―――