車に乗ると、少し落ち着いた。

先生は、なかなか車を発進させずに、優しい顔で私を見ていた。

さっき、あんなに迫力のあった先生とは大違いだ。



「たちの悪いやつに捕まったもんだな、お前も。」



先生は、ため息と一緒にそんなことを口にした。



「次のバイト、探すって言ったら怒る?」


「あ?」



怒るよね、そりゃ。

思い切り校則違反だし。

こんなことあったばっかりだし。



「怒るさ、そりゃ。」


「だよね。」


「でも、探すんだろ?どうせ。」


「だって、そうしなきゃ生きていけないもん。」



先生は、もう一度ため息をついた。

そして、口を開いた。



「お前が、嫌じゃなければだけど。」


「ん?」


「俺の実家が、和菓子屋やっててさ。……そこでバイトしないか?」


「え、いいの?!」


「ああ。頼んでやる。割と近いし。」


「ありがとっ、先生!!」



嬉しくて、先生に抱きつきたくなってしまった。

ほんとにほんとに、どこまで救世主なんだろう、跡部先生は。

先生は、照れたように笑いながら、やっと車を発進させる。



「なあ莉子。俺、考えがあるんだけど。」


「なに?」


「いや、俺の勝手なアイディアなんだけどな。……公務員試験受けてみないか?」


「え?」


「まだあと半年以上ある。高卒でも受けられるのがあるんだぞ。……公務員なら、給料も安定してる。歩を必ず立派に育てられる。大学だって、出してやれるかもしれない。」


「公務員?」



全く考えていなかった。

私は、日々の生活のことで頭が一杯で。

ここから先のことなんて、考えたこともなかったけれど。


そうだよね。

私は、就職しなきゃならない。

高卒だから、選択の幅は狭まるけれど―――



「お前、成績いいの知ってる。それに、俺は法律系の大学出だから、教えてやれる。……挑戦してみないか?」



その時、先生の顔はとても切なく見えた。

なんだか、それは先生の決意のような気がして。

私はすぐに頷いていたんだ。



「挑戦してみたい。」


「そうか。よかった。」



先生は、ほっとしたように笑った。

でも、私はさっきの先生の表情が、くっきりと胸に刻まれて忘れられなかった。