朝起きると、お味噌汁のいい香りがした。


起き上がって、台所を覗く。

寝起きで霞んだ視界の向こうに、エプロンを掛けた先生が動き回っているのが見えた。



「先生、」



小さく口にして、その背中に近付いた。

すると、先生はふっと振り返って、私に笑顔を向ける。

よかった、何のこだわりもない笑顔だ。

私のこと、軽蔑していない何よりの証拠。



「なんだ新庄、もう起きたのか。朝飯ができたら起こしてやろうと思ったのに。」


「おいしそうな匂いがしたから、目が覚めちゃった。」


「そうか、それは悪いことをしたな。」



その言葉に、くくっと肩を震わせると、先生は包丁を持ちながらも、ほんの少し振り返って笑った。



「朝飯、食えそう?」


「うん。」


「ならよかった。……あ、お前が残したチャーハン、俺が食っちゃったからな。」


「えー?」


「いいじゃん、またごはん炊いたし。」



チャーハンを食べたら、私が昨日のことをくっきりと思い出してしまうから。

だから、まとめて食べてくれたんでしょう?


先生は、本当に優しい。

担任でもないのに、私のことを気にかけてくれる。

温かい家庭を知らない私に、それを教えてくれるみたいに。


今まで、怖くて融通の利かない先生だなんて思っていて、ごめんね、先生。

本当の先生は、こんなに繊細で、気配りができて、優しい人なのに。


その広い背中に、トン、と額をくっつけてみた。

先生の香りがする。

先生の、温かさが伝わってくる。



「甘えてんの?」



先生は、振り返らないまま少しだけ意地悪な声で言う。



「先生に甘えてどうするの。」



負けじと私も答える。



「甘えてもいいぞ。今日限定で許してやる。」



先生がそう言うから、私は先生のポロシャツの背中を、ぎゅっと両手で握ってみる。

ほんとはね、先生をハンカチ代わりにしてたんだ。

決して誰にも、涙を見せない代わりに。



「俺も、そういうときあるから。」



急に、ぽつりと先生が落とした一言が、妙に気になった。


だけど、先生はそれ以上、何も言わなかった―――