「もういいだろう、な。落ち着いてきただろ。」



先生は、私をなだめながら居間に連れて行った。

そして、何にも入っていないあったかい紅茶をいれて、黙って飲ませてくれた。

先生が、私の口元にカップを運んで。



「つらかったな。」



先生は何も知らないはずなのに。

そうして何度も優しい言葉をかけてくれるだけで、私の冷え切った心はだんだん温かくなって。

刺激の少ない紅茶のおかげで、吐き気も収まって行った。



「大丈夫か?」


「……うん。ありがとう、先生。」



無理して笑って見せる。



「お前、そんな青白い顔で笑うな。怖いぞ。」



そう言われて、本当に笑いが込み上げてきた。


ああ、よかった。

すべてを失ったと勝手に思い込んでいたけれど。

私が失ったものなんて、案外大したことはないものだったのかもしれない。


先生が何かを言って、私が笑うという日常が。

確かに、ここにあるのだから。



「まあいいや。話を聴くまで帰らない、って思ってたけど。お前、その調子じゃ話せそうもないし。もうこんな時間だから。」



先生は腕時計を見る。

ああ、もう1時だ。



「暖かくして、すぐ寝ろよ。明日また来るから。」



先生はそう言うと、私に背を向けた。

そのまま、玄関に向かう。


さっきまで、ずっと背中をさすってくれた温もりが恋しかった。

不思議と、先生の手のひらなら、今の私も受け入れられるんだ。



先生、先生―――



「先生、」


「ん?」



出て行こうとした先生は、私を振り返る。



「行かないで。」


「え?」


「行っちゃやだ。いなくなっちゃ嫌!」


「新庄、俺はいなくなんてならない。すぐそこだぞ。」



先生は、窓の向こうを指差す。

だけど、だけど先生。

その距離が、私にとっては遠く感じるんだ。

先生が、必ずあっちに帰ってしまうことが、今日は何故かすごく心細い。



「お願い、先生……。今日だけ、一緒にいてください。」


「まずいよ、新庄。」


「お願い!話すから。今まで隠してたこと、全部。だから、お願い……。」



困った息遣いの後。

足音がして、ふと顔を上げると、先生が目の前にいた。



「話せるんだな。……なら聴くよ。」



その言葉に、心の底から安心したんだ―――