ドライヤーの音が止むと、部屋はしん、と静かになった。

明日は日曜日だから、先生も出勤はないんだろう。



だけど、今はもう夜の12時。

もうすぐ、夜中、と呼んでもいい時間になる。

いくら近所とはいえ、こんな時間に先生がうちにいるのが知れたら、大変なことになるのは確かだった。



「先生、いいの?帰らなくて。」



帰ってほしいわけじゃない。

この部屋に歩と二人きりにされてしまったら、今の私には耐えられない寂しさが訪れるだろう。



「まだ、帰るわけにはいかない。……お前、夕飯食べた?」



力なく首を振る。

だけど、お腹なんて空いてない。



「歩に夕飯作ってさ。その残りがあるから、食うか?」



嘘だよ、先生。

残り、なんかじゃない。

先生は最初から、私の分も用意してくれていたんでしょう?


先生の優しさが、罪悪感となって私の胸に突き刺さる。

先生の誠意が、私をもっとみじめにする。



「さっき温めておいたけど。髪乾かしてる間に、ちょっと冷めたぞ。温め直すか?」


「ううん、いい。」



先生が作ってくれたご飯。

あ、チャーハンだ。

卵がたくさん入っていて、とてもおいしそうで。

食欲のない私でも、少し食べたくなった。



「……いただきます。」



手を合わせてから、箸を持つ。

一口食べて、おいしい、とつぶやいた。


だけど、二口、三口、と食べるうちに、胸が一杯になってしまってもう食べられなかった。



「食えない?」


「ううん、おいしい、け、ど、」



咳き込んだ私の背中を、先生の手がさすった。

しかし、はっとしたような表情で、すぐにやめてしまう。

私が怖がると思ったのだろうか。



「無理して食べなくてもいい。明日の朝、また食えたら温めて食え。」


「……うん、そうするね。」



思い出してしまったんだ、あの家で飲んだホットミルクを。

この胸の淀みのように、私の中から消えることのないあの液体―――



「ごめ、んな、さい、」



私は口元を手で押さえると、トイレに走った。

胃の内容物が、喉元までせり上がってくる。

ホットミルクをすべて吐き出さないと、私の脳は気が済まないらしかった。


何度も何度も吐いて、だんだんめまいがしてきた。

苦しくて、涙目になる。

吐くものがなくなっても、それでもまだ。


気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い―――――



「大丈夫か新庄!」



気付いた先生が駆け寄ってきて、今度はためらいなく私の背中をさすった。

その手は、ただ温かかった。


先生が傍にいてくれるだけで、ずっと楽になった気がした。